上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ゆるり家の日常 第27幕

ゆるりです。

今日は我が家のお話。
リラックスして書くので、リラックスしてお読みください。
尚、文体もリラックスいたしますので、
失礼がありましたらスミマセン。

内容は私個人の考え、感想、経験ですので、
参考になるかは???
また、誤りがあったとしても、関係者、
及び、仲間に責任はございません。
いろいろなところ、ご容赦ください。





義父との会話方法を記しています。
前回の記事からお読みください。

あくまで私と義父とのやりとりですが、会話することを苦手としている方には、
「もっと肩の力抜いてもいいのでは」とお伝えしたくて、書き始めました。
レビーの症状の出方や性格、性別、関係性などによって、会話方法は変化するとは思いますが根底は一緒なのではと考えます。
ようは「聞いてもらっているという、安心感を与えたい」ということです。
もちろん正解・不正解の次元の話ではないので、一つの実例としてお読みください。



☆「大丈夫・まかせて」

初期の頃よく使っていた。
まだ割りとしっかりしていて、でも記憶はあやふやでみんなに間違いを直されることが多かった頃、ここが肝心と話をきくようにした。
最後には必ず「(私がいるから)大丈夫」とつけた。
何が大丈夫か私もわからないけど、とにかく「私を頼れ」というメッセージを送り続けた。
「まかせて」「大丈夫」「私がやっておくよ」
結果、行動する前に、私に聞くようになったと思うのだ。
「○○してもいいかな」とか「○○しようと思う」など。

先にいってくれれば、誘導もうまくいきやすいし、義父も私のいうことを納得しやすい。
元々ひとりでは不安と思って声をかけてくるから。

もしも、誘導に失敗して、どうしても(例えば)外に行くというのなら一緒に出かけた。
好きなように歩かせて、散歩気分で景色をみながら。そのうち何しにきたのか忘れてしまう。
何かをするというなら、それをしてもらった。ちらかしたら片付ければいいだけだし。
義父はせん妄になっても、他人に迷惑をかける内容ではなかったので、できたと思うけど。

何かをしたいという気持ちは大切にしたいから、「ダメ」とはなるべくいわないようにした。
やってほしくないときは、「お願いします」といった。「私が困るの」と。
「お義父さんは人を困らせるような人じゃないでしょ。思いやれる人だから」ともちあげた。
大抵は「うん」と納得してくれた。


☆妄想中でも

妄想中に会話をしていて、「~~しないとな」という言葉がでたときに、「それは私がやっておくよ」という言葉を使うと、それ以上発展しなかったように思う。
場面場面で、私は仕事仲間になったり、ヘルパーさんになったりだったけど、受け答えはすべて「大丈夫。まかせてください」

そして、「わからなくなったら、お聞きしますので」「終わったら報告します」「それは時間をいただきたいので、申し訳ありませんがお待ちください」と締めると、義父は納得するようで妄想話は終了する。

どんな話にも耳を傾け、義父が納得するまで話した。
そして、「困ったなと思ったら、私に言ってね。ちゃんと聞くから。大丈夫」と伝えるのだ。


☆幻視の時

今の義父は幻視が自分だけしか見えていないと、多分わかっている。
だから、幻視にこだわることはない。
こちらはその時々によって、義父が安心できて、満足するような答えを用意する。
覚醒がいまひとつのときは見えるフリもするし、見えているものによって、受け答えも変えている。

初期に幻視が現れた時は、やっぱりそれなりに固執した。その時、まずは「怖い?」と聞いた。
「怖くない」そう義父はいうので「そうだね。お義父さんは怖いものないもんね」と続け、
「どうしたらいい?」と聞いた。

初期の頃から肯定しているけれど、私には見えないものというスタンスで話をした。
「お義父さんが見ているものはお義父さんにしか見えないもの。だけど、見えているということは決して変じゃない。他の人にない能力なんだよ。何が見えるかおしえてね。楽しみにしてる」
「見えているものはね、決して怖いものじゃないし、お義父さんに悪さはしない。もし気になるならおしえてね」
というようなことを、繰り返した。

義父が見ていたものは、トラブルになるようなものではなかったので、内々で話ができたのは助かった。根気の問題だから。
毎日毎日、同じような幻視に固執していたが、あるときから幻視があっても固執することはなくなった。

今も幻視は多々あって、報告してくれる。猫だったり人だったり。「あれ」と義父が指差すので、同じ目線で見てみる。
当然何も見えないんだけど、内容によっては見えるフリもする。
だって、楽しそうに笑いながら報告してきたのだから、気持ちを共有したい。
相槌なんてなんだっていいのだ。「ほんとだ~」と笑うだけで済む。

もし、見えるフリができないなら、どんなものか聞いてみる。
「え~何々?ずるいじゃん。自分だけ~。どんなのかおしえてよ~」


☆言葉だけじゃなくて

会話って、言葉だけじゃなくて視線やボディタッチなども含まれる。全然喋ってくれなくても、そっと手を握ってみる。
とはいえ、「手を握る」は直接的だから最初は照れくさい。
徐々に少しづつ肩に腕にヒザに触れていると、義父自身も触れられていることに慣れてくる。
相槌に疲れたら、傍に座っているだけでもいい。時々は甘えてみる。

今、私がやっている触れ方は子供にしているようかもしれない。
頭をなで、顔に触れ、おでこをあわせたり、頬をムニムニしたり、ハグしたり。

私は、義父のしっかりした現役時代の、親という風格を持った頃を知らず、まともに話したのは、発症してからなので、一からの関係性構築から始まった。
だから、逆親子みたいな触れ合い方になっていった気がする。

まあ、私の接し方はこんなんだけど、言葉じゃなくても気持ちは共有できると思うんだ。
だから、その時々にあわせてできるだけ触れ合ってみてほしい。もしかしたら、言葉よりも強力かもしれない…。

※コメントくださる、ちゃわさんが「触れる」ということがコミュニケーションであるというサイトをおしえてくださいました。
「タクティールマッサージ」


お話たくさんしましょう。
笑顔でいれば、多少のチグハグは大丈夫と思います。
もし、怪訝な顔をされたら「あれ?私、勘違いしてる?ごめん」って言っちゃえばいいと思います。
「どこで間違ったんだろう。ごめんね」って。義父はそれで怒ることはありませんでした。

「傾聴」とか「回想法」とか「確認療法?」とかいろいろあるけれど、家族がやればみな普通の会話と変わらない気がします。
そういう勉強も参考にするのはいいけれど、極める必要はないと思います。
だって対象は目の前の大切な人だけだから。
専門家じゃないのだもの、技術や方法にとらわれず、楽しい時間を過ごす気持ちが一番ですよね。

スポンサーサイト
ゆるり家の日常 第26幕


ゆるりです。

今日は我が家のお話。
リラックスして書くので、リラックスしてお読みください。
尚、文体もリラックスいたしますので、
失礼がありましたらスミマセン。

内容は私個人の考え、感想、経験ですので、
参考になるかは???
また、誤りがあったとしても、関係者、
及び、仲間に責任はございません。
いろいろなところ、ご容赦ください。





まず、お断り。
これからのお話は、義父の状態にあわせた方法です。

義父はよく喋ります。内容はほとんど妄想です。
妄想ですが、現実と幻視とがMIXされていることが多いですが、私、相手に喋っているということは、理解しています。
内容に一貫性はなく、連続性もありません。

その時その時に「見えた」ものと、実体のある「何か」を関連付けて喋ることが多いです。
実体のある「何か」も、義父にはいろいろと都合のいい「何か」となるようです。

私は義父に
「会話をしているように感じさせる」技、
いいかえると
「話をきいてもらっていると満足させる」技を
駆使しています。
これに関しては、プロにも負けないと自負しています。
もちろん、義父相手の時だけですが…。

たいしたことはしていません。
きっと、みなさんも、やっていらっしゃるとは思いますが、
もしも、「会話」という概念に、こだわってしまって、引き出せるかもしれない笑顔を、
困惑に変えてしまっていたら、もったいないと思い、あえて記事にしてしまいます。

注意としては、お相手の記憶・見当識がどの程度かによって言葉を使い分けること。
下手すると、バカにしているととられる場合もあるかもしれませんので、顔色をみながらどうぞ。


~これも会話だ~

私と義父が、喋って笑っていると、

「仲がいいですね」

といわれることがある。こういってくださるのは、まったくの第三者。他人。
義父が認知症だと知っている身近な方には

「会話しているようにみえます」

といわれる。

今現在、義父は調子がよければ、選択制の短い単語の会話ならなんとか意思が通じる。毎日の定番の質問とか。
例えば
「何か飲む?」
「…うん」
「温かいのと冷たいの、どっち」
「#$GH」
「う~ん。じゃあ、ゆず茶と紅茶では?」
「…ゆずは甘いんだな」
「はい。ゆずね」(義父は甘い物好き)
こんな感じ。

答えがあっているか、半信半疑のときも多い。

調子が悪いと、AかBかという問いに、Cと答えるのならいいほうで、妄想でかえしてくるから意思確認もできないけど、そういうときは答えは求めず、妄想話に付き合う。
それなりに会話が成り立っている。

「世界制覇にいってくる」
「…がんばってね」

よくよく単語をひろいながら聞いていると、地球温暖化の話らしかった。
どうして世界制覇になるのかはわからないけど、最後には準備と助けが必要だから今すぐは無理ということで、落ち着いた。


義父が喋る。いろんなことを。ジェスチャーをつけているときもある。
内容は大抵わからない。
文章を喋っているが、単語自体あやふやなうえ、あれ、それ、あんな、こんななどの言葉が多いし、義父自身、自信のない言葉になると声が小さくなるし、とにかく話の前後がつながっていないので、想像も厳しい。
ひとしきり喋って、笑って一段落したあとに、私たちをみていた人が聞く。

「楽しそうでしたね。何の話を?」
「わかりません」

義父を黙らせてしまう方の会話をみていると(もちろん、義父の心情をわかろうと真剣なんですし、前述のように馬鹿にしていないからこそ、いわゆる会話を成立させようとする)、話の内容を頭で想像するために、無意識に内容を整理しようとする。

だから、聞き取れないと何度も聞くし、相槌がなくなる。
表情も困った顔になって、会話のリズム感がなくなる。
義父の顔を覗き込んで、真剣に聞く態勢。

義父に限らず、認知症の方は記憶に自信がない方です。
ただの雑談みたいな会話に、あまりにも真剣な顔で臨まれると萎縮するし、なにより楽しくない。

そう思うのです。


その声の大きさや出し方、顔の表情、視線、聞き取れる単語の羅列などで今、どんな感情でどんな話をしているのかを探る。

できれば斜め横に座り、視点をたどれるようにする。
レビーは小さな声で喋るときが多いので、集中しないと聞き取れないことが多い。

でも、慣れてくると、単語くらいは聞き取れるし、義父も「聞いてくれている」という安心感からか少しづつ声が大きくなる。
聞き返してもいいけど、肝心なところだと思った時だけ。しつこく聞き返さない。
結局わからなくても、聞き返すことで「真剣にきいている」アピールもできる。
で、適当に直前の言葉を拾って、会話をすすめていく。


☆以前から気をつけていること。

義父が声を発したら、必ず「何?」と聞き返す。
「呼んだ?」「どうしたの?」「何かあった?」
そう聞き返すことで、いつでも話を聞くよという安心感を与えるのが目的だ。

特に、まだらの時期は重要だと思っていたので、何をしていても、すっとんでいった。
どうしても手を離せないときは
「待って。待って~。すぐだから~」
と気をそらさせないように、声掛けをした。

今は、信頼されているという自信もあるので、すっとんでいくことはしなくなったけど、
返事は必ずする。

間があいてしまっても、必ず
「さっきは何をいおうとしたの?」
と聞きにいった。義父は大抵、忘れてしまっているけれど。


☆便利な言葉

「うん」「ふ~ん」「へ~」「そうなの?」「そうなんだ」「なるほど」「うっそぉ~」「やだ~」「ほんとに~」などなどの相づち言葉。

義父の口調にあわせて、語尾をあげたりさげたり。
笑い口調なら、こちらも笑顔で「ほんとに~?」
怒り口調なら、こちらも真剣に「そうなんだ」
説明口調なら、こちらは納得系「なるほど」
時々、疑問系をはさみつつ、最後に一言。
「お義父さんは、いろんなこと知っているんだね」

おもしろいことに、実際はなんの話かわからないんだけど、呼吸をあわせて相づちをうっていると、私もなんとなく、楽しくなってくるし、納得しちゃう。

会話できると、本人も自分も満足感を味わえる。
充実した?会話ができるとしばらく目を離していても落ち着いていた。

自画自賛だけど、みんなに褒められることなので、記事にしちゃいました。
もうちょっと語りたいけど、長くなるので次回に。

「そんなのみんなやってるよ」とあきれないでね~。
ゆるり家の日常 第25幕


ゆるりです。

今日は我が家のお話。
リラックスして書くので、リラックスしてお読みください。
尚、文体もリラックスいたしますので、
失礼がありましたらスミマセン。

内容は私個人の考え、感想、経験ですので、
参考になるかは???
また、誤りがあったとしても、関係者、
及び、仲間に責任はございません。
いろいろなところ、ご容赦ください。





~きっと、わかっている~

レビーはどんなに進行していても、何も喋らなくなっていても、意識の深いところで、ちゃんと理解しているという。

一日中、妄想の中にいるわけではない。
意識が現実に近いところにあるのなら、返事がなくても、
今がどういう状況か、話をすることは無駄ではないと思う。

しばらく後、もしかしたら数日後にいきなり答えを発するから。

行動に移すのに時間はかかるし、表現を間違えることはあるけれど、無知になったわけではない。
知性は保持しているのだ。
ただ、表にだせなくなっただけ。方法を間違えているだけ。



入院前の話。突然に、
「俺が行かないとわからんだろう」という。

「そうだね、その時はお願いします」

と答えたものの、なんのことかわからず、しばらく話をきいていたら、実家のことだと判明して驚いたのだ。
実家の片付けの話だった。数日前、義父の実家を片付ける話をしたから。
その時は何もいわなかったのにね。
間違っている部分は多かったし、妄想も入っていたけど、大筋はあっていた。


義父は見当識、特に場所、時間は壊滅的にダメだけど、今、何をすべきかは意外とわかってくれる。
やり方を忘れてしまっているので、説明は必要だけれど。
ちょっとの時間と、こちらの根気があれば、行動に関して説明すれば素直にきいてくれることが多い。

今なら…(行動はすべて介助あり)
移乗の時。
「立つよ~はい。自分の足で立って。足と腰伸ばして、踏ん張る」
しがみついていても、次第にバランスよく立ってくれる。
調子がいいと、立つよと伝えただけで、おしりを浮かせてくれる。

着替えの時。
「シャツを着ます。こっちの手をください。はい。伸ばして~。ありがとう」
ちゃんと腕を伸ばしてくれる。

当たり前の行動のひとつひとつを声掛けしていく。
伝えてから動き出すまで、時間がかかるけど、できるだけ我慢。
時間がなくても、声掛けして一呼吸おいたほうがかえって
スムーズにいく。



うまくいかないとき、こちらが焦ると、義父は叫ぶのだ。

「わかってる。やろうとしているんだ」「何度も同じことを言うな」「やりたいけど(足が)動かないんだよ」「なんで歩けないんだろう」「俺は頑張ってる」などなど。

ああ、つながっているなと思う。


いつも妄想や幻視に適当な相槌を打つ私に、

「おまえは、いつもいいかげんな返事をする。誤魔化しばっかりだ」

と怒ってみたり(当たってる、返事をしないでいると

「返事は?」

といってきたり…。

突然クリアになって、驚かされる。


確かに、わからなくなったこと、できなくなったことは多い。
でも、本質的なことはわかっていると思うのだ。
特に、こちらの感情の動き。

私が落ち込んでいると、理由はわからなくても「無理するな」といい、怒っていると焦るし、泣いていると頭をなでてくれる。
もちろん、笑っていれば笑うのだ。

だから、話しかけてあげてと思う。体に触れてあげてと思う。傍にいるよという気持ちをこめて。


先輩方に聞くと、レビーは最期までわかっているという。
息を引き取る寸前まで、自分を娘だとわかっていてくれたと
bossは話してくれた。
他の先輩方もそうだという。

そうであるなら、伝えていきたいよね。
「ありがとう」って。
ゆるり家の日常 第24幕

ゆるりです。

今日は我が家のお話。
リラックスして書くので、リラックスしてお読みください。
尚、文体もリラックスいたしますので、
失礼がありましたらスミマセン。

内容は私個人の考え、感想、経験ですので、
参考になるかは???
また、誤りがあったとしても、関係者、
及び、仲間に責任はございません。
いろいろなところ、ご容赦ください。





~喧嘩は本気~

喧嘩はね~、めったにないけど、する時は本気。
在宅介護をやめる覚悟で、戦うのだ


認知症の方には逆らわず…なんてできない!!


レビーなら理解できると信じているので、本気でやる。
ただ、ヒステリーにならないようにはしてる。
本気といいながら、いろんなこと考えるのだ。

異次元にいっちゃって、現実とつながっていないときはお手上げだけど、現実にいて妄想で怒っているなら、喧嘩ができる。

意味がわかるだろうか?

前者は介護者が目に入っておらず、場所も違うところで視線がまったく合わない状態。
こうなったら、ほっとくしかない。
でも、後者は介護者を理解したうえで、ありえないことなどで怒っている。
こうなったら対等だ


我が家の場合のきっかけは、私を侮辱する言葉をいったとき。
機嫌が悪くて怒っていたり、ただの拒否行動で暴力的になったりしたときは、あんまり気にならない。
呆れたりムッとしたりはするけど、切り替えができる。

普段、攻撃性のほとんどない義父だけに、いきなり、身に憶えのない侮辱を受けると、駄目なんだ。
わかってる。でも、駄目なものは駄目。そこまで人間できていないから。


で、喧嘩。
義父を見ていて思うのは、大抵のことはわかっているということ
イライラをぶつける手段として攻撃してくる。
きっかけは妄想でも、話しているうちに私を理解し、私に対して攻撃してくる。
でも、義父は喧嘩しているうちに、妄想が解けてほぼクリアになる。


例えば…ちょっと機嫌悪いなと思っていたら突然

「あんたは信用できねぇ」

「え~どうして」 (やばい展開)

「いつもいつも、勝手なことぬかしやがって!俺の金で生活しているくせに!」


かっち~ん …スミマセン。器が小さくて…

「わたしがぁ?」 (ガマン、我慢)

「いいかげんにしたらどうだ。フフン。わかってるんだ

「…何を?」

「泥棒みたいな真似しやがって!


ぷっち~ん …ハイ。スミマセン


「ああ~誰が泥棒だって?いつ私がお義父さんの金に手をつけた?バカもたいがいにしてよね」

「そうやって、誤魔化そうと…」

「ふざけないで!私を誰だと思ってる?ゆるりだよ!毎日毎日、誰がご飯作って、トイレに連れて行ってると思ってんの!」(結構、ひどいこといっています。ここに書けないこともいったことあります)

「…知ってるよ

「ふ~ん。わかっていっているんだ。じゃあ、よく考えて。誰が毎日ご飯作ってんのさ

「…だれか…」(ここらあたりから、義父は現実に戻りつつある)

「誰かって誰よ。私だよ (上からかぶせていうのだ)

「いや…(モゴモゴ)そんなに怒らなくても…」

「ハ~?怒るよ!当たり前でしょ。
私を誰だと思ってんの
決まり文句

「あれは…車で…せっちゃん…」

「誤魔化さないで!ひどい事いったんだよ!わかってる?お義父さんは一緒に生活できないくらいひどい事いったんだよ!」

「…ごめん」

 義父はちゃんと謝ることができる。妄想から解けて、私が怒っているので、焦っているのがわかる。

「…謝ってくれるなら、もういい。私もいいすぎた。ごめんね」 必ず謝り返す


目をそらさず、真剣に、認知症だからなどと遠慮はしない。
だって、何をきっかけかは忘れても、私を怒らせたのは自分だということは理解できるから。
このとき、きっかけになった問題じゃなく、私は怒っているということだけ伝えるように言葉を選ぶようにしている。
(文字に書くとナンだけど、ゆっくり怒鳴らずに怒っています)


昨年は何度か、手を上げられそうになったときに、
「殴れるもんなら殴ってみなよ!でも泣きを見るのはお義父さんだからね!」
といったことも。もちろん、殴られませんでした


思うんだけど、親子喧嘩って考えると普通だよね。
認知症になったから、介護者がいつも我慢しなくちゃいけないって、なんか変。
怒鳴るように怒っていたり、無理やり何かを押し付けるようなことはいけないと思うけど、生活のスパイスぐらいの頻度ならありだと思うんだ。
大丈夫、親子だもん。
レビーはね、ちゃんとわかるから、ヒステリックにならないように注意すれば喧嘩できると思うんだ。



実は義父と主人の喧嘩は手がでる。といっても、手を出すのは義父だけで、主人はそれをかわして煽っている。
軽くあしらわれるのが気に入らなくて義父はまた怒るんだけど、私は「またやってる」くらいでノータッチ。
しばらくして静かになったな~って思っていたら、いつの間にやら仲直りしているから不思議。
そういえば、ずっと前は喧嘩してるなと思ったら、義父が私のところに来て、
「あいつが、わからないことをいうんだよ
って涙目で言いつけにきたな~。私は母親かって


喧嘩がOKといっているわけではありません。
しないにこした事はありません。
妄想が固定化されてしまっていたり、嫉妬妄想などの経験がありませんので、無理な場合もあるのは想像の域をこえません。不快になられた方がいらっしゃいましたらおわびいたします。

ゆるり家の日常 第23幕


ゆるりです。

今日は我が家のお話。
リラックスして書くので、リラックスしてお読みください。
尚、文体もリラックスいたしますので、
失礼がありましたらスミマセン。

内容は私個人の考え、感想、経験ですので、
参考になるかは???
また、誤りがあったとしても、関係者、
及び、仲間に責任はございません。
いろいろなところ、ご容赦ください。





~当たり前なのだよ~

親御さんにイライラしてしまうという方がいる。
そして、そんな自分を責めるのだ。


それはダメ

自分を責めるのはやめよう。
イライラして当たり前。
わたし達は聖人君子ではないのだから。



わからない話を繰り返したり、イジワルかと思うくらい拒否したりされれば、誰だってイライラするよね。
私はイライラするのが当たり前だと思ってる。

その上で、対応を考える。


一番手っ取り早いのは、その場から離れる。
レビーは利点?として、気分がすぐ変わるから、ちょっと間をおくとすごく素直になってくれたりする。


この間、義父はトイレに連れて行ったら、突然怒り出した
イライラしているようで、私の腕を強く握って抵抗。
私は「付き合ってらんね~」って腕を振り払って、トイレに義父を残し、ドアを閉めて様子を伺うこと5分。
何事もなかったようにドアをノックして「いかがですか~」っていったら、そこにはやはり何事もなかったかのように、ズボンをイジイジ触っている義父がいた。
「でたの?」「うん」笑ってるし…なんやねん


次に、誰かに代わってもらう。
ほかの事に気をとられていて遅々として物事が進まない時や、自分を標的として怒っている時は、誰かに代わってもらう。


うちは主人と二人でみているので、お互いに様子を伺いながら交代している。
例えば、今は食事介助しているけど、お喋りに夢中で、全然食事が進まない時など、一旦やめて交代
目の前の人が変わると、義父の気持ちもリセットされるのか、成功率が高い。
以前一番苦労したのは、入れ歯の出し入れだった。


それから、一方で違うことを考える。
真正面から相手にしないで、少し気持ちを斜に構える(悪い意味じゃなく)。
実際に体を斜めにするのもいいと思う。


真面目に全部受け止めたら、こちらがまいっちゃう。
だから、義父の表情だけ注意しながら、違うこと考える。
夕食の段取りとか明日の予定とかブログの記事とか…。
人ごみを歩く時に当たらないよう、よけて歩くよね。あのイメージ。


あと、拒否とかだと、どうしてもそれは、今、やらなければいけないことか考える。
急いでいないなら後回し、取り戻せるならやらない、今日がダメなら明日。


義父は朝食をほとんど食べない。というか寝ている。
デイのお迎えもあるし困っちゃうけど、現役の時から朝食は食べない人だったらしいから、ある時思ったのだ。
「いいじゃん。昼食もおやつも夕食も、食べているんなら
そう思ったら、気が楽になった。
薬だって食後じゃなきゃ絶対ダメなのか医者にきいてみた。
結果、食前でも食後でもどちらでもいいといわれて、また楽になった

もう一歩進んで?さがって?気持ちの線をひいてもいいかも。
「なんか言ってるな~」って。


極端な話、命に関係ないなら、大抵のことは後回しにできる。
タイミングを見計らって、状態のいいときにやればいいのだ。



まだまだ、みなさんならいい方法をお持ちでしょうが、うちではこれで大分イライラが軽減されている。

こうやって一歩ひいた状態でいると、意外と冷静な自分に気付いたりする。
冷静な自分がつくれれば、義父の気分の変動加減が見えてくる。
声掛けのタイミングや怒るきっかけ、不安がる状態や笑うツボ。

イライラしたらまずは深呼吸して、言葉を発する前に自分の状態を観察してみる。
もしかしたら、たいしたことではないと思えるかもしれない



どうしてものときは喧嘩しちゃうのさ。
妄想で異次元にいっちゃっていると無理だけど、喧嘩だってコミュニケーションだ。
次回は我が家の喧嘩の仕方?を記事にしちゃうかな


どうしたってイライラがとれないなら、それは介護者が疲れているサイン。
優しくできないのは、優しくないわけではなくて、余裕がないだけ。
自分の心に充分な休養をとらせないといけない。
できればショートを利用し、デイの日数を増やし、愚痴をいってほしい。

ここで注意。
他人と比べてはいけない。
「他のひとはちゃんとやっている」
「まだ楽な方なのに、愚痴をいっちゃダメだわ」
不毛である。

「その人の、その時が一番辛くて、大変なの」
と、世田谷のNさんもいっている。


心の許容量は優しさの量ではない。
ましてや愛情の深さに比例するものではないのである。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。