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ゆるり家の日常 第13幕


ゆるりです。

昨日の記事では、義父の出来事を書きましたが、今日は音楽のちからというものに対しての、個人的な考えをお話しようと思います。

どう感じるか、違う考えがあって当然なので、強制しているわけではありません。




~音楽のちから ②~



音楽療法というものがあります。
ちゃんと勉強したわけではないので、だいたいですが、音楽は、

言語をこえた音で、どんな障害を持っていても、それぞれに独自の楽しみ方ができ、また共有することもできる。
体ひとつで楽しむことも、楽器などを使用して楽しむこともでき、自由に楽しみを持つことができる。
また、リズムをとるだけでも、共通のレクリエーションとして楽しむことができる。

音楽は、歌をうたうことで、嚥下訓練になったり、手足でリズムを取ることで、運動になったり、曲にそれぞれの思い出があったら、それを語る・思い出すことで共感を得たり、一緒に時間を過ごすことで、一体感を感じられたりする。

と、私は理解しています。



ようは簡単に一緒に楽しめるものであるわけですね。

こうして考えると、音楽ってやっぱりすごいです。



義父のように、カラオケなんて絶対もう無理、と思われそうな認知レベルであっても、
歌うだけがカラオケの楽しみ方じゃないって思えば、例え目をつむっていただけだったとしても、今度、連れて行ってみたいなって思います。


え?何故カラオケか?


歌詞をみないで歌える歌って限られているし、私達が歌わなくても曲(メロディー)は流れているのだから、義父の耳にはいり、乗りやすいと思ったのと、私達のストレス発散にもなりそうなので、一石二鳥です。
でも、ボリュームは控えめにしたほうがいいですね


年に1・2回しか行かないですが、声出すと気持ちいいですよね。
万一、何かあっても、他の方に迷惑かけずに済みそうですし。




実は、童謡ってバカにできないと思っています。
施設などで流されていると、‘子供扱いして’と思われるかたがいらっしゃるようですが、なかなかどうして…。

BGMと思えば、こんな安心して聞ける音楽はありません。
耳に優しい。
大多数の方に共通して、知っている曲が多いですし。

安心感を与える「音」だと思います。




「ふるさと」「どんぐりころころ」「大きな栗の木の下で」など、義父が入院していたときに歌いました。
さすがに、病室では恥ずかしかったので歌いませんでしたが、渡り廊下とか屋上とかで、歌いました。

義父はあの頃、ボーっとしている時間が多かったですが、歌を歌うと、時々口笛を吹くように口をすぼめる仕草をしていました。
音をだすことはできませんでしたが…。


「ふるさと」ってなんだか陶酔できますよ。
お風呂とかで歌ってみてください。

おっと話がずれました。



療法と考えると、なんの曲にするかは大事のようですが、家庭で楽しむ分には、そんなに、こだわらなくてもいいのかなって思います。

個人的には、あまり激しい曲やテンポの速い曲、リズムのとりづらい曲は控えています。
まあ、趣味の問題ですけど。


私が楽しそうに口ずさんでいれば、家の中が和み、義父もリラックス。
気持ちって伝染しますから…。




 
トン.トン.トンって赤ん坊をあやすみたいに、背中を叩かれると、安心しませんか
音楽の最初ってリズムではないでしょうか。
リズムを「一定感覚」でとることって、DNA?に刻まれていると思います。


だから、何もすることがない時、テレビをみながらでも義父の腕や手のひらをトン・トン・トンと叩いています。
会話がなくても、共通の時間を過ごしていると感じることができます。

夜、寝てくれない時、手を握って妄想話を聞きながら、叩いています。
自然とゆっくりした時間になっていくのがわかります。
義父は目をつむって、いつの間にか寝てくれます。



こんな感じで、音楽を生活に取り入れています。
みなさんのご家庭では、音楽を活用されていますか?
おすすめいたします。

テレビをではなく、音楽のDVDやCDをかけてみてください。
もしかしたら、新しいコミュニケーションツールとして、発見があるかもしれません。



MJの影響らしき義父のハミングはいまだに続いています。
ひとり遊びとして、テーブルを叩いて、何か歌うたっています。
少なくても、義父は音楽を楽しんでいます

Secret

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