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みなさま、お待たせしましたぁ。

今回からブログでの「おしゃべり会」を開催いたしますkao014.gif


初めての試みなのでブログでできるのかどうか、、ですが、
みなさんのレビーに対する考えや、家族の思いや、なんでもかんでも
おしゃべりして行こうと思ってます。

定例おしゃべり会に参加してくださってる方も、そうでない方も
介護の現場の方もお医者さんも看護師さんもみんな、みんな参加してくださ~い。



第1回 テーマ 

みなさんは家族が「レビー小体型認知症」と診断され、
その病名を初めて聞いた時、何を思いましたか?
その病名を知った後、何をしよう、何をしなければならない
と思いましたか?



おしゃべり会創立メンバーからはこんなお話が届いてます。


●みなさんは家族が「レビー小体型認知症」と診断され、その病名を初め て聞いた時、何を思いましたか?

当時は「びまん性レビー小体病」という名前だったような。。
そもそも「アルツでもなさそうだし、能血管性の認知症かな。あとパーキンソン
症候群ね」と、医師も半分は納得してないような診断が父に下ったのは2003年
のことでした。次々と現れる摩訶不思議な行動や症状に振り回されながら、
いつも頭のどこかに「なんかちょっと違うんじゃないかな」という腑に落ちない
気持ちが募っていました。父の症状が少し落ち着いてきて、私にもネットで
認知症や介護法について調べる余裕が出てきたのが2005年頃でした。
介護ブログでレビーの症状についてつぶさに記録された介護日記を読んだ時には、
「これだ~!!」と震えました。あまりにも症状が似てる、いや同じ!! 
「父もレビーに違いない!」と、すぐに確信しました。
レビーだと確信したとき、とてもホッとしたような気持ちになったのを覚
えています。病名がわかったからといって、何が変わるというわけではありませんが、
闇雲に振り回されていたモロモロにも、ひとつ、ちゃんとした方向性が見えてきて、
対処の方法があることがわかったからだと思います。
さらに、実際、とてもよく似た状況で介護していらっしゃる家族の声がブログで読めたことは
「父だけじゃないんだな、わたしだけじゃないんだな」と勇気づけられ、
とても参孝になりました。(tomogoro)

認知症を疑ってから、うつ状態、幻視などの症状をみて、本などの少ない情報でも、
「レビーかも」と予想できていたので、「やっぱり」と思いました。
レビーの情報があまりにも少ないことに不安はあったものの、
介護者として一番辛いと想像していた「もの取られ妄想」が少ないと知ったので、
まあやってみるかと。(ゆるり)

田舎で一人暮らしをしていた母がやっと決断して老人ホームへ入居したのは
87歳の時です。老齢になってからの転居は心身ともに影響が大きいと聞いていたので、
不眠やうつ状態、あるいは内に引きこもったりなどは起こるかもしれないとは思って
いたのですが、いきなり、幻視、幻覚の訴えが始まった時にはほんとうにびっ くりしました。
入居後の問題について施設長と話しながら、「いったい何が起こっているのでしょうね」
と尋ねたとき、「レビーってご存じですか」と問われたのが、レビーと言う言葉との
最初の出会いでした。2007年の暮れ、まだレビーがあまり一般に知られていない頃です。
翌年2月、総合病院の神経内科で「レビー小体型認知症が疑われる」と診断が下りました。
その時までには、すでにネットを通して介護家族のブログや認知症大講義などを読んでおり、
レビーとはどんなものか、一通りの知識は得ていましたので、診断自体には驚きは
ありませんでした。
最大の関心事は「これからどういうことがどのようなタイミングで起こってくるのだろうか」
と言うことでした。
神経内科の医師からは“治療”方針や予後については特に話は出てきませんでした。(cabinet)

正直、以前から、色々調べていたので、やっぱりなぁ~と思いました。
それまでアルツハイマーと診断されてましたが、
行動パターンなどからすると、どうもレビーっぽいな~と感じてましたから。(たか)

レビーのレの字も知りませんでした。2004年。出会った医師が「びまん性レビー小体病」
であると確信を持って言ったとき、初めて聞いた病名でしたが、医師の父に対する態度、
家族へのケアにそれまでの迷い(脳血管性認知症+パーキンソン病と診断されていたが
何か違うと感じてた)が一気に吹っ切れて、安堵感でいっぱいになり、
頑張れると思いました。(boss)





●その病名を知った後、何をしよう、何をしなければならないと思いまし たか?


すぐに専門医に診察してもらおうか、どうしようか悩みました。その頃、長
いこと不穏が続いていた父の状態がやっと落ち着いていたので、新しい薬を試
してみたりすることになるのが、少し、怖かったので。様子をみながら、専門医
による診察のタイミングをはかろうと思いました。漠然とではありましたが、
レビーは側にいる人が、どれだけ理解して、見守って、さじ加減し
て・・っていう病気なんだな、っていうことは感じたので、家族や
デイサービスの方々、みんなに病気のことを理解してもらえるように心掛
けました。もし、もっと初期の時点でレビーとわかっていたら、積極的に投薬
なども試していたかもしれませんが。(tomogoro)


本やネットで情報を探したけれど、通り一遍の情報しかでてこなかったので、
介護ブログを探して、情報を得ました。
独居させていたので、すぐにケアマネを探し、ヘルパーの手配を行い、義妹と訪問ルーティンを相談。
うつ状態は不安や淋しさからくるものと想像したので、とにかく側にいるときには「一緒にいるよ」と
声をかけ続けたらと考えました。(ゆるり)

その当時の目標は一応「自立」のADLをなるべく長く維持していくこと、
そのためには、事故を起こさないように先手先手で考えていくことでした。
実際には、今も幻視とは共生状態、気分のアップダウンに揺さぶられ、
その場に出会わした私たちも ちょっとしたことで
悲しかったり、腹が立ったり、嬉しかったり~~
でも、折々の花を愛で、おいしいものをおいしいね~といって食べ、
体調の許す限りいろいろなアクティビティに参加できた3年間だったとと思います。
                           (cabinet)

そうとなればまず、もっともっとレビーの詳細を勉強しようと、必死でネットで調べて、
父に少しでも安心して、穏やかに過ごしてもらえるようにしなくてはと、
心に思ったと記憶してます。(たか)

当時は情報はほとんどなかったから、レビー介護家族(こぶたさんとねこみみさん、
scallopsさん)のブログや、ドクターコウノの認知症ショートストーリーを
何回も読みました。でも医師が薬の微調整などを指示してくれたので、生活では
大変なこともあったけれど、とにかく父の関わる人にはレビーのことを知らせなくてはと
小阪先生の資料などから、自分なりにまとめてプリントを配りまくってました。
世間一般の「ぼけた、痴呆」とは絶対違う、「自分がしっかりしている」と感じてたので
父を守ろうと思ってたと思います。(boss)



みなさんの場合はいかがですか?
どんどんコメント欄に書き込んでくださいね!


今は「レビー小体型認知症」の名前も知られて来て、介護の現場でも
「レビーの方」と良く聞きますが、果たして、どのくらい理解されているのでしょうか。

まずは家族はしっかり考えて(勉強しましょうとは言いません)、
レビーご本人の不安や辛さを少しでも理解できるようになれれば、と思います。

kao016.gif
コメントまってまぁ~す~~~





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