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仲間から、言われちゃいました。
「コメント求めても、bossがどこかのブログにコメント入れていかなければ、
お返事コメントはもらえないのよ~~」って。

確かに、コミュニケーションが大事なんですけど、私にはできそうにもない。

施設や介護職の方からレビーのことや、対応などいろんなことお聞きしたいけれど
反応ないですし、仕方ないですね。

で、じゃあ次は何を記事にしようかと、、悩みます。

このごろ、頻繁にあちこちで聞かれることは
「認知症の人も安心して暮らせる町つくり」

こういう運動は数年前から目立ってはいたけれど、今はお上まで、認知症の人は
入院させずに、町で暮らそう、、なんて言っておるようですし、町を見渡せば
サロンや、ボランティアも参加しての認知症の方々の集いが盛んなことは
よ~~くわかりますね。

認知症といっても、わたしたちはレビー家族なので、まずはレビーを理解していただかないと
町の集いに参加してもいっぱいいっぱい不安がつのるんだろうなと思います。

単純に、幻視の強いレビーの方が、キャンプに参加したいと希望したとする。
そういうときって、主催者側はどういう対応から始めるのかなあと
考えちゃいました。
激しい日内変動をどのように対処するんだろうか、
フリーズしたらどうするんだろうか、
ま、対応の仕方はあるけれど、
ほかの参加者との兼ね合いとかどうするんだろうか。

自分はレビーの家族を連れて、まだマラソンやバーベキューなどの集いにも
参加したことないし、想像がつきません。
それでも、認知症の人でも、自由な自己表現の場、存在価値の
確認として、必要な場を提供することはやっぱり大事なことなのですね。
家族だけでしていることをその輪を広げてみるってことなのかなあ。


確かにこれからもっと認知症の人が増えて、施設はいっぱい、デイもいっぱい、
ショートもいっぱい、そうなったらレビー家族はがんばるしかないのかなあ。。

巷では理想の未来に向けて、いろんな動きがあるけれど、
私の小さな頭では、やっぱり、レビーの家族の置かれる環境を
なんとかできないのかと、それしか考えられません。

家族がしっかりそばにいて、医療とケアのバランス良く、
実際は壮絶な日々だとしても、環境を落ち着かせることでレビーの
方は比較的長く穏やかに過ごすことができます。

しかし、すべての環境がうまくいくわけではなく、家族の環境とも
うまく合わなければ施設に頼らざるを得ないのに、
やはり、ほんのすこしの注意欠陥から、レビーはあらぬ方向へと
急発進してしまうことが多いのも事実です。
これが、私は今、いちばん悲しい現実として、感じています。

もちろんどんなに手を尽くしても病魔に勝てない事もあるように、
私たちには計り知れない生命の原理があるのだとは思います。

だけど、だけどですね。
レビーの強い症状で、施設利用が断られ、まだ元気なうちに入居した
グループホームで、症状が悪くなれば追い出され、
胃ろうになれば、特養も入れず、療養型病院に入れば、
そこから家族のもとに帰って来る希望は薄くなり、
夕闇のなかにひっそり横たわるレビーの方の気持ちを思うと
たまりません。

家族だって,生計たてなきゃならないから在宅は無理。
老老介護の場合だってある。
命を守ろうと思っても、現実にはいろんなところから閉め出されていく。
皆の心をひとつにしたはずの、京都のあの事件は何も解決されていないのと同じなんです。

レビーだけではないけれど、すべての認知症の方と家族の前に、認知症をきちんと診断し、
フォローできる医師、対応できる介護福祉のプロがいっぱいいてくれて、
そして家族や支援者の愛が、広がって行けば安心して暮らせる町が
生まれて来るかも。

介護家族のブログにでてくる言葉も思いも、何年たっても変わらないことに
お気づきの方もいるでしょう。
そして、そこに介護サービスが関わって、そこに起きるトラブルも
何にも変わってない。

違いがあるとすれば、介護者の世代が変わって、介護生活の受け止め方、流し方
が変わったことかなあ。

今日はboss(おばあちゃんです)の雑感です、お聞き流しを~~。





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今日のハッケン!
こんなのを見つけました。
アメリカでは病状などを書き込んでそこで統計とって、自分の症状診断が
出来るネットの場があります。
toku-chanのブログ 安心できる医療・介護に出会うために IVLP報告(2)から。








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